ご縁カウンター

2005年01月18日

石持ち

タケちゃん


中学2年の三学期、父・家ちゃんが一大決心をした。
それは夢のマイホーム!
マンションだけど住むには快適。
転校する私にとっては複雑だったが、自分の部屋が持てることに喜びを感じていた。
一方タケの方は、新しい環境になじめず最初は自分の匂いをつけながら自分の場所を探し、気が付けば自分の場所を当たり前のように見つけていた。
家族の転機が落ち着き、当たり前のように平安な日々を過ごして来た私達家族。
家庭も円満になり、こんな幸せがいつまでも続くと思っていた。

引越ししてから一年があっという間に過ぎた頃、高校へ進学し小説を書く事に目覚めた15歳の春。
最愛の竹千代(たけちよ)にある異変が起きたのだ。
「タケ朝から元気がないのよ……」
母上の言葉にタケの様子を伺った。確かにグッタリとだるそうに横たわっている。
「どうしたんだろうね」
「そう言えば、今日も昨日もおしっこしてないのよね」
「それって重大な事じゃない?」
そんな話をしていると、重そうな体をゆっくり起こし、タケはトイレへ向かった。
私はタケを見守るようにトイレまでついてゆくと、一生懸命おしっこを出そうとしているが直ぐに諦めてトイレから砂を撒き散らし出て行った。
「出ないみたい」
この時点で獣医へ連れてゆけばよかったのだが、飼い主初心者は暫く様子を見る事にしてその時はやり過ごした。
夕方になりチョロチョロとおしっこをするタケ。出た事で安心してしまったのだが、そのチョロチョロは更に続いき、尚且つタケの元気は戻らない。

次の日の夕方。学校から帰ってきた私はタケの変わらぬ様子に『これは問題だ』とやっと気がついて、慌てるように近所の獣医へ連れてゆく事にしたのである。
寄生虫の時と同じ自転車のカゴにタオルを敷き、タケの体をタオルで包んでカゴにいれた。不安そうな顔で私を見ているので「大丈夫だよ」とタケに言い聞かせる。
薄っすらと暗くなる道を自転車のペダルを強くこいで獣医へと急いだ。

この獣医は近所の話で親切・丁寧と評判であった。あの頃はごく一部の人達にしか知られていなかったのだが、現在、他の市からも患者が訪れるほどの賑わいがある。
心のある診察と腕のいい院長の努力のたま物。
そんな未来がある獣医さんだとはこの時予想もしていなかった。

病院に到着すると直ぐに待合室へタケを抱っこして向かったのだが、私以外の飼い主さんらしき姿は見えなかった。
「すみません」
と私の弱々しい声に診察室の奥からクマのような男の人が現れた。
ムッとした表情に怖そうな雰囲気。喧嘩したらグー一発で負けてしまいそうな強面の人である。
「電話くれた人?」
ぶっきら棒にその人は言う。後で判った話だが、この人が院長先生なのである。
「はっはい」
来る前に電話していたので話は早いがこの人の迫力に私は圧倒されている。
「じゃぁここに猫ちゃん置いて」
この顔から猫ちゃんなんて言葉が出ると不似合いで笑ってしまいそうになるが、タケの事を考えると笑っている場合ではない。
先生に言われるがまま、診察台の上にタケを立たせた。
タケは人見知りが激しく、見知らぬ男の人には「フーフー」といっていかくをする。
そんな気の強さに驚いた先生は見た目に似合わない少し怯えた表情で言った。
「こわいな……」
タケのいかくに耐えながら先生は手馴れた手つきで診察をテキパキとこなし、そして病名が明らかになった。
「これはね、尿道結石だよ」
「尿道結石?」
「人間にもかかる病気で太りすぎとかが原因だったりするんだけど、この子平均より太り過ぎだね」
『あんたに言われたくない』と言いたくなるが、それよりビックリなのはタケが肥満猫だと言う事に今まで不思議に思わなかったことだ。
この時点で飼い主失格である。
確かに大きいなぁとは思っていたが、肥満なんて言葉が出るとは予想もしなかった。
「太り過ぎだからなぁ、人間で言うと『小錦』なみかな」
「こっこにしき……なみ?」
がくぜんとする私に先生は軽く言うのである。
固まった私をよそに先生は注射器を用意すると言った。
「注射して石を溶かそうね」
タケを「おさえて」という先生の声に、私は言われたとおりにすると、先生はタケの腰辺りに注射をブジュッと一刺して診察を終えた。
タケの方はおとなしく注射をされ、悲鳴をあげる事無くやられるがままであるが、内心穏やかではなかっただろう。その証拠に肉球からは汗がにじんでいたのだから。
先生は薬を用意するとカルテに必要な名前と住所、タケの名前を書くように別紙を渡してきた。
別紙に記入を済ませると、先生はその紙をみるなりこう言った。
「この子竹千代っていうの?」
「はい、タケちゃんです」
「たけちゃんっていうの?」
何か動揺している先生に何が言いたいのか分からず首をかしげていた。

診察は無事に終わり自宅へ到着すると母上は待ち構えていた。
病院での事を説明すると、ホッと一息ついてソファに腰を下ろす。タケは初めての恐ろしい体験に疲れたのか、指定の場所で注射された辺りをなめながら眠ろうとしていた。
私はそんなタケを見ながらハッとある事に気がついたのだ。
先生がなぜあの時動揺したのかを……。

その病院名は、山○獣医科病院。
私の旧姓は山○であり、タケは山○竹千代になる。先生の名前は武○であり、タケちゃんと呼ばれているのだろう。なので、他人とは思えなかったようだ。
それを考えると可笑しくて、一人ぷぷぷと笑ってしまったほどである。


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posted by まわた at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ☆竹千代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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