ご縁カウンター

2005年01月17日

居なくなった竹千代 最終章

朝の事である。遠くで母上の慌しい声が聞えた。朝がめっぽう弱い私は、脳の回転が遅く通常回転するまで時間が掛かる。

母上は家の裏にある会社にパート勤めをしていた。出勤時間はとっくに過ぎているのになぜか引き返してきたのだ。
姉は出勤前のお化粧時間で、コーヒーを飲みながらテレビを見ていたようであるが、母上の慌しい声に玄関まで飛び出していた。

「タケがいたよ!」
母上が騒いでいたわけはそれである。
その声に私の脳が急激に回転を増し、体は脳の指令に答えて飛び起きると『直ぐに玄関へ向え』の命令によって行動を開始した。
母上が玄関に姿を見せると、母上の腕には疲れきったタケの姿があった。
「タケ……」
これは夢なのか、それとも幻なのか。
姉はホッとしてタケの小さな頭をなで、私はホッとしすぎて体の力が抜けてしまいそうだった。
タケの体は薄汚れ、白い部分がグレーと変わっている。なき声は夜半なき続けていたせいか声がかれていた。
普段でも『ミャー』となけないタケは『ビャー』となくが、この時は『ビー』だった。
母上からタケを受け取ると、やっと安心したタケは落ち着きを取り戻していた。
「良かった見つかって」
姉の目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「ホントよかった」
私まで目が潤んでしまった。

母上が言うにはタケは会社の作業場にいたという。
その会社は消火栓の標識を作っている会社で、母上の仕事は古くなった標識のペンキをさびと一緒にはがし、赤いペンキを塗りなおすという仕事なのである。
その為作業場の臭いは独特で、ペンキとシンナーの臭いや鉄のさびた臭いが混ざったその場所特有の臭いなのである。
タケはその作業場のシャッターに閉じ込められた形で夜を過ごしたと母上は言う。

タケからは作業場の臭いがしていた。
「ペンキ臭い」
私と姉は笑った。
「体、洗わなくちゃね」

その後母上は家ちゃんに電話をして見つかった報告をしてから職場に戻り、姉は出勤時間がきたので会社に出かけた。
残された私にはタケをシャンプーする仕事が待っていた。
台所の湯沸かし器でお湯を出すと、タケの汚れた体を洗ってやる。
寒くて、淋しくて、心細い一夜を過ごしたタケは作業場のシャッターから叫んでいたに違いない。きっと外から私達のタケを呼ぶ声や鈴の音を聞いて、更に叫んでいただろう。
近くに居て気付かなかった自分を心から悔やんだ。『なぜ気付いてあげられなかったんだろう』と悔しくて涙が出てしまう。
タケの体を擦りながら、涙を浮かべ鼻声で言った。
「よく頑張ったね……」
タケはあの状況で恐怖を感じていただろうから。
タケのグレーになった白い部分が綺麗な白に戻って、体から作業場の臭いが消えた。タオルで体を拭くと、直ぐにコタツに入れて寝かせてあげた。
少し様子をみていると疲れがどっと出たのか、タケは暫く眠り続けていたのだ。

この事件があってから、家族の絆やタケの存在を考えさせられる事になった。
我が家にとって大切な猫。それが竹千代なのである。

「まったくマヌケなんだから」
とその時の思い出を語るたびに私と姉は毒を吐く。本人へ向けて言った事があるが、人間の言葉を理解していたのか、嫌な表情を浮かべているように見えた。
これもいい思い出なのかな……。


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posted by まわた at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ☆竹千代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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